地方裁判所の裁判を傍聴する。

最高裁判所ホームページ。最高裁判所のホームページですが、地方裁判所の情報もここに載っています。その日、裁判のある事件の一覧(開廷表)がここにあれば言う事無しなんですが、それはありません。行って、そこにある開廷表をめくって、何があるか調べるしかありません。

文章はあえて喋り口調でまとめてみました。読み直すとこれは本にはできませんな。

某年某月の二日間、東京地方裁判所で裁判を傍聴してきました。

東京地方裁判所は営団地下鉄霞ヶ関駅で下り、A1出口を出るとすぐにあります。地下鉄の出口案内には「東京高等裁判所」「東京地方裁判所」「東京簡易裁判所」と書いてあるので、下りて案内を見ればすぐに分かります。地上に出たら、そのまま前に進みます。すぐに、「これかな?」というデカい直方体の建物があります。正面の背の低い塀に「裁判所」というパネルが埋めこまれています。2時間ドラマなんかのインサートショットでよく使われる映像です。私も、「お、これこれ」って感じで中に入りました。しかし、「裁判所」っていうプレートはなかなかいかしています。頭に飾りが付いていません。この建物は、地下鉄の出口案内にある三つの裁判所の合同庁舎です。なんか、地方裁判所と簡易裁判所が同じ建物にあったら簡易裁判所の意味がないんじゃないかと思わなくもありませんが、ま、別につっこむところじゃないです。東京では八王子に地方裁判所の出張所があります。が、日本一裁判が多い東京地裁の方が、とりあえず暇がないからいいんじゃないかと思います。八王子の方に行ったことはありませんが。

友達と約束したんですが、とりあえず一人で入ってどんな感じかキョロキョロすることにしました。そうそう。公判は10時から12時、13時から17時までやってます。平日だけだと思います。予約は要りません。手順や雰囲気はここを全部読んでもらえれば分かると思います。

中に入るとロビーになっています。けど、椅子は少なく、喫煙所のところにあるだけです。私が入ったのは9時40分くらいで、なかなかよいタイミングでした。あちこちに守衛さんが立っています。はっきり言って、初めて行って雰囲気に飲み込まれない方が珍しいでしょう。僕もまあまあ緊張していましたが、コスタ・リカに行ってからこっち、あがいても慎重になっても仕方ないところでの振る舞いを身につけたので、開き直りの精神が強かったです。壁にはいくつか案内のパネルがあり、受け付けのようなところに、守衛のような人が座っています。最高裁ホームページによると、これが守衛ボックスなわけですね。美人の受付嬢がいるわけではありません。

別の壁のパネルには、その日、傍聴券が必要な裁判が一つだけ出ていました。ほかは自由に傍聴できるようです。その一つだけの裁判というのは、強制わいせつで、13時15分、傍聴券配布(多分「配布」)、13時30分、開始、とありました。受け付けみたいな守衛さんに、「裁判の一覧ってどれですか?」と聞くと、周りに置いてあるこれがそうだと教えてくれました。あっちが民事、こっちが刑事。「ありがとうございます」と言って覗かせてもらいます。開廷表はめちゃくちゃ安っぽい紙のファイルである。中を覗けば何が書いてあるかはすぐに分かります。っていうかどおりでみんながめくって覗いているわけだと思いました。

服装は、その時気づいたのはやたら綿パンの人が多いってこと。綿パンでTシャツ。いかにも大学生。僕も綿パンにシャツだったので、初めてにしてはかなり傍聴好きと趣味が被っていました。単に裁判を聞きに来ただけの人というのは一発で分かります。弁護士や検察官は背広ですからねぇ。で、別の守衛さんを捕まえて、中で携帯を使ってもいいのか聞く。いちいちそんなこと聞くなよって感じでは全然なく、丁寧に、別に構わないよと言われる。礼を言ってすぐに友達に電話をかける。中にいると言うと、彼は表で待っていたのに全然気づかなかったということ。中で待つ。すぐに会って、じゃあ傍聴しようってことになる。

何かの新聞記事だと思ったのだが、始めは刑事裁判の方がいいらしい。どうも、刑事裁判の方が、そこにある意味が単純だからとか。傍聴して分かったことだけど、刑事裁判というのは、有罪無罪を決める裁判であり、同時に刑を決める裁判でもある。で、被告が無罪を主張するというのはあまりなくて、被告が主張するのは大抵、「反省しています。二度としません。だから刑を軽くしてください」ということです。それに対して、「ホントに反省してる? 実際にどうするの?」なんて質問されるわけです。「生活を改善し、今までの仲間とは縁を切って、きちんと就職し……」といったことをそこでアピールするわけですな。

二日間傍聴して思ったのは、酒に酔った勢いで暴力沙汰を起こすという事件が多いということ。「被告は酒を飲むと狂暴になり」なんて陳述を何度も聞きました。もちろん裁判長は、「自分が酒を飲むと暴力的になるということは知っていましたよね。それなのになぜそんなに多量に飲んだんですか?」なんて問い詰めます。あと、覚醒剤裁判はホントに多いです。刑事裁判では全体の半分以上が覚醒剤です。次に多いのが詐欺。これも、初犯かどうかで裁判長の問い詰め方が全然違います。ま、どれも事実関係では争いませんから。で、そういう裁判には配偶者とか親とかが証人で呼ばれて、再犯の可能性について証言を求められます。そこで、親なんかが、「これからはしっかり監視します」なんて言うわけです。

要約を先に書いちゃったけど、僕と友人は最初の裁判の傍聴を終えてぐったりして休憩しました。事件そのものは単純です。ある意味、どこにでもある事件です。

さて。全部裁判所のホームページに書いてあることですが、傍聴席ではメモを取ることは許されていますが、録音や撮影は許可されていません。また、確認したわけではありませんが、傍聴した内容をポンっとインターネットで公開するのは相当まずいと思います。証言や裁判の経過は全部記録にあるし、それが唯一の記録なわけですから、インターネットの個人ページに別の記録が出てしまうのはねぇ。いや、僕も調べていないのですが、逆に、もし別にいいのであれば、とっくにそういうホームページができていると思うので、それがないということは駄目なんだと思います。けど書きたい。相手も生身の人間である以上、抑えなくちゃいけないのですが、ここで書きたいのは、そこで受ける独特の雰囲気と迫力なのだ。被告の基本的人権を犯そうなんてつもりはさらさらない。で、うまく裁判の匿名性を確立したいと思うのだけど、なかなか考え込んでしまう。うまく隠せるとは思えない。やろうと思ったら調べられるのではないかと思う。ああ、この目の前で見た印象を説明したい。見たときの気持ちを書きたい。全部書きたい。

あまり深く考えずに続きを書きます。大体、物事は最悪のことを想定しなくてはいけないので、怖いといえば怖いのですが、やっぱり裁判を傍聴したことがない(傍聴できない)人に、どんなものか伝わればいいなと思います。問題があったら連絡してください。あちこちと相談して、前向きに対処したいと思います。

刑事裁判の開廷表を二人で見ながら、「何を見たい?」と相談する。何でもいいよと相方は投げっぱなしだ。そう言われてもこっちだって基準はない。「じゃあ1ページ目のこれ」というわけでそれを傍聴することにする。開廷表は法廷室の番号ごとに1ページで、それが時刻順に並んでいる。

開廷表には罪状(っていうのか?)が並んでいる。また、進行状況(正式にはなんというのやら)も書かれている。第1回、判決、弁論、証拠検証、なんて具合だ。当たり前だけど、別に野次馬根性だけではない。けど、やっぱり見るなら凶悪事件の裁判を傍聴してみたいと思う。そういう意味で、その日の傍聴券配布の裁判と、ストーカー防止法違反という二つの裁判を、やっぱり「おいしい」というしかないのかもしれない。大体、こっちには何の基準もないのだ。同時に、覚醒剤と詐欺はやたら多いので、一つは見てみようってことになる。裁判の傍聴人ってゴシップ好きな愚かな大衆の代表って感じで見られているかもしれない。やっぱり。

また守衛さんをつかまえて、412っていうのはどこですかと聞く。4階です。あのエレベータで。と教えられる。みんな丁寧だ。もちろん、こっちも礼儀正しく聞いているつもりなので、相手に不快感は与えていないつもりだけど。友人と、「雰囲気に飲まれてるよ」なんて話をしながらエレベータに乗り、4階で下りる。

東京地方裁判所(その他合同庁舎)は見事に点対称になっている。中央南北に幅の広い(すごく広い)通路があり、左右に等間隔で廊下が延びている。中央の通路の天井に案内があり、411-415 はこっち、みたいな案内出ている。エレベーターホールは中央の通路南北にある。トイレ、冷水機、すべて点対称に2つずつ配置されている。天井が高い。階段だと1往復半で1階移動する。普通の階段だったら1往復で1階なんだけど。友人がとりあえず水といって冷水機で水を飲んだ。僕も飲む。冷えててうまい。案内を見て412を探す。

中央廊下からの廊下の入り口にはガラスドアがある。そこを抜けると左右に法廷入り口のドアがある。傍聴人入り口と関係者入り口が二つに分かれている。ドアには案内が書いてある。すべての法廷の入り口横には、傍聴についての注意書きが書いてある。裁判所ホームページと書いてあるものは同じだ。一つだけ、宣誓のときは傍聴人も起立することというのが、ホームページにはなかった記載だ。実際には、刑事裁判の傍聴では宣誓のときには別に誰も起立しない。民事のときは起立したが、民事裁判は1つしか見れなかったので、いつでもやっているのか分からない。この枝の廊下の突き当たりには窓がある。そこに灰皿があって、喫煙コーナーになっているようだった。そこの横には「一般待合室」という大きな部屋があり、左右にベンチが並んでいた。この中は禁煙だと貼り紙が張ってある。ちなみにこの枝の廊下の明かりは、裁判をやっていないと消されるので、そこで裁判をやっているかどうかの目安になる。一本の枝の廊下に法廷は3つから4つある。

412はすぐに見つかったが、傍聴人入り口のドアノブに「満席」という札が下げられていた。満席と書いてあるのにドアを開けて確認するわけにもいかないので、諦める。ちなみに傍聴で立ち見は許されていない。

友人と相談して、あらためて開廷表の内容をメモに写し、全部調べてから来ようということになる。

傍聴しようと思ったらこんな感じで開廷表を紙に写す必要が出てくるので、ペンとメモは必須だと思います。

1階に戻り、開廷表を急いで写す。覚醒剤は「カ」、詐欺は「サ」、強制わいせつは「Y」なんて、勝手に略号を決める。ま、とにかくじゃあ、「暴行」だかなんだかの事件を傍聴しようということになり、そこに行った。

「開廷中」という「手術中」に似た印象を受けるランプがともっている。ドアの上にあるわけではなく、廊下の壁にあるんだけど。廊下には誰もいないが、とりあえず音を出さないようにドアを開け、中に入る。そこは結構狭い法廷だった。傍聴人席は4人がけのベンチが6つしかなく、そこには10人くらいが座っていた。傍聴人って結構多いんだなと思った。こそこそしながら端の方に座る。入ったときに傍聴人がこっちを見たけど、別に迷惑そうだとかそういうことはなかった。マナー違反でもなく、静かに入退場すればいいだけのことであった。

法廷の雰囲気として思ったこと。まず、簡潔で安っぽいということ。何もない会議室に、証言台や長テーブル、手すり、マイク。そんなものをセットしただけの部屋だ。アメリカの法廷物の、作りつけの被告人席、弁護人席、検察官席、裁判官席、証言台、なんてものを期待していたわけではないが、ふーんと思った。ちょっと前に中村玉緒さんの法廷ドラマを深夜にやっていたけど、あれはかなり忠実に法廷を再現していたんだなーと思った。これを書きながら思うけど、確かにドラマでリアルにやろうとすると、法廷は単に安っぽいセットにしか映らないだろうから、難しいだろうなぁ。

僕が最初に興味を持ったのは傍聴人であった。

裁判を傍聴するにあたって、なぜ傍聴するのかと自分で考えてみたがよく分からなかった。会社の夏休みで平日の自由が手に入ったから。来年は日本にいないかもしれないから。そして、一度は見てみたいと思っていたから。それぞれもっともらしく聞こえるけど、僕は友人を誘うとき、「刑事裁判を傍聴しにいきたいんだけど、行かない?」みたいな聞き方をした。ま、ようするに僕自身も、意外とみんな興味だけはあるんじゃないかと思っていたわけだ。ちょっとでも行きたいと思っているんだから、あとはきっかけさえあれば行ってみるが吉ですね。

で、じゃあ、ほかに傍聴する人というのはどういう人なんだろうと思うわけです。僕がなんとなく知っていたのは、傍聴の常連。傍聴の面白さにハマって通うようになった人達です。面白さっていうとすごく下衆な感じだけど、個人的な動機は人それぞれあって、一概には言えないと思います。ただ、傍聴して思ったんだけど、女性週刊誌を読むような気分で毎週とか、頻繁に傍聴に来れる人はいないと思います。ああいうのは週刊誌だから好奇心をむき出せるのであって、裁判になると、それぞれの人がそれぞれの事情でそれぞれの感情を吐露するので、なかなか受け流せないものがあります。個人的にいうなら、社会の闇の部分に触れてしまいます。好奇心も分かるし、僕も最初は好奇心だったんですが、そういった社会の闇を受け取れる人じゃないと、なかなか何度も自分に関係のない裁判を見るのは辛いんじゃないかなー。

僕が思ったのは最初に書いたように大学生とか社会人の人。どの人も、社会正義感が強そうな、あるいはちょっと好奇心が強そうな、どっちともつかない顔をしていた。あるいは法学部の学生なのかもしれない。あと、別の法廷で何度か見かけたけど、ルポライターや報道記者みたいな人もいた。そして、当たり前だけど被告の関係者。弁護士の卵みたいな人もいた。

まあ、最初の法廷のことを書こう。

中に入り、見回した。くだらないことを先に書く。被告と原告の席のさらに奥にテーブルがあり(これまたどこかの会議室の折り畳みテーブルのような代物)、両側に若い女の人と男の人が座っていた。印象として、裁判所の見習いをしているような感じだ。法学を勉強している女の子というのは頭がよさそうで、なんか魅力的に映った。そして裁判長も女性であった。黒い法衣を着ている。これも、女性の裁判長というのはなかなかエロいなぁと思った。あと、よくスチュワーデスとか看護婦とかの制服に興奮するというのがあるけど、裁判官の法衣というのもなかなか脱がせてみたい制服の一つではあるなと思った。なかなか目の前にないと、どんな服装か分からないだろうからピンとこないかもしれないけど、知的で厳格な制服というのは、エッチな感じがするのだ。女の人にも、神父の服装とか虚無僧の服装に興奮するという人がいるけど、たぶん同じ感覚である。コスプレで法衣を着るというのもいいかもしれないぞ。

証言台には一人のおっさんが立っていて、何か話していた。詳しい内容は忘れてしまったが、二度と起こさせませんというような言葉が耳についた。

何度も繰り返し書くけど、裁判というのは大体有罪が確定していて、あとは刑を決めるための手続きになっている場合が多い。証言台で、「私は嵌められた。真犯人は別にいる」と無罪を訴え、それでも有罪が確定するとか、逆転して無罪になるとか、そういうことはない。少なくとも僕が見た限りではなかったし、感じ取った雰囲気として、そういうことがままあるというようなことはなさそうだった。ほとんどの犯罪が麻薬法違反、詐欺、暴行といった犯罪で占められているし、そういう犯罪はまあ現行犯で証拠も揃っている場合がほとんどだ(と思う。当然)。

僕はおっさんの話の内容はよく分からなかったが、その人が話し終わると柵を越えて傍聴人席に座ったのが印象に残っている。そういえば証人って傍聴人席に座るんだったなと僕はなんとなく思い出した。

で、いよいよ被告尋問とか、なんか、とにかく悪いことした本人に質問して、事実関係を確認するステップである。これが最終段階だ。

いくつかの裁判を見たけど、裁判って最後のこれが一番面白いし、これだけ傍聴すれば何が起こったのか分かってしまう。傍聴人はほとんど途中退場はするけど途中入場はしていなかった。しかし、僕は途中入場して、裁判の後半だけを聞いた方がいいのではないかと思う。


(2005年3月15日)前に書いたときからたくさんの時間が過ぎた。何年も過ぎた。この日に傍聴した事件のうち,覚えているものが三つだけある。なんとかして覚えておこう。自分のために覚えておこうと思っていたものだ。もはや時系列も忘れて,細かい人の仕草など覚えていないが,ここに記す。さらに,その後も何度か傍聴した。一番最近に傍聴した日で,ピッキング防止法違反とストーカー規制法違反と,殺人の裁判を今でも覚えているので,そちらをここに記そうと思う。

まずは,初めて傍聴に行った日の事件から,一つ目。

傍聴席に入る。やがて被告人が官吏に綱をつけられて入ってきた。浮浪者然としたジジイであった。その弁護士は若い。弁護士というのは年齢不詳な人種が多いものなので,30代には入っていると思うのだが,見た目は20代であった。検察は40代。脂の乗った感じ。

検察と裁判官が裁判のあらましを話す。罪状認否や最初の公判という感じではなく,最初にして最後,一気に片をつけるタイプの裁判であるらしいことが分かった。

「被告は公園にて徘徊しているところを職務質問され,立ち止まり,警官に殴りかかったものであり,公務執行妨害……」うんたらくんたらと検察が読み上げた。もうそれだけで事情が分かるというものである。

弁護士が事実関係について争うつもりがあるかと聞かれて,「ありません」と答えた。

その後,検察がさらに細かい事情を説明する。○○に勤務の山下(仮名)巡査が公園をパトロールしているところ,徘徊している被告を発見,職務質問したところ,これに応じた。しかし,巡査が質問しているところで,被告が手を振り回し,これが原告の顔に当たり,○時○分,公務執行妨害と暴行で逮捕したものであります。

「いやー,それ違いますよ。俺は殴ってねえっす。帽子のツバかなんかにあたったら,突然おまわりが後ろの仲間を呼んで。だから暴行とかそんなんじゃねえっす。逃げなかったのも顔には当たってねえって分かってたからで」

酔っぱらいのおっさんが本当にドラマみたいに話すのを初めて聞いた。法廷でおまわりというのも初めて聞いた。これまでほかでも聞いたことない。検察が身構えたが,若い弁護士が素早く立ち上がった。

「被告の今の発言は,暴行についての事実関係を本法廷で争うというものではありません」

裁判長が頷き,被告人もぺこりと頭を下げた。事実関係は認めて,量刑の軽い判決をとっとと出してもらおうということで了解ができているようだった。被告人も,単に口を出しただけだった。

次は酒を飲んで暴れた事件。肉体労働に従事する男が,あるスナックの奥の部屋で酒を飲んで暴れたということだった。

裁判長の被告への質問が印象的だった。「あなたは某年吉日にも酒を飲んで暴れていますよね? それでやはり警察を呼ばれています。酒を飲むと自分が暴力的になる人間であるということは自分でも分かっていましたか?」

「ええ,まあ,それは」

「この日に飲んだあなたのお酒の量はかなり多いと思いますが」

「もう飲みません」

この裁判では被告が「飲みません」と言ったけど,実際に酒を飲んでの器物破損や暴行などでは,被告が「控えます」「抑えます」と証言することが多い。で,「もう飲まない」などの強い意思が必要なのではないですか?と裁判長に言われるのだが,「飲まないと言っちゃうと,それは自信ないし」などと,本音なんだけど,根本的な解決には遠いような証言をしてしまうところを何度も見た。僕は目の前の人間を憎いとは思わなかったけど,裁判長と一緒に,「酒など世の中からなくなっちまえ」とは,思わないこともなかった。酒があるかぎり似たような事件が繰り返し繰り返し起こるのだろう。

最初の裁判傍聴で最後に書くのは,ストーカー規制法違反である。この後で書くストーカー規制法違反とは別の事件だ。私が初めて裁判の傍聴に行った頃は,このストーカー規制法が施行されたばかりの頃であった。そんでもって(これは言ってもいいのか……),私が傍聴したのは日本で二番目のストーカー事件である。

傍聴席に入ると,既に被告は席に座っていた。ハゲたおっさんである。役者によく似た人がいると思うのだが,その人の名前が思い出せないので,うまく伝えることができない。全体に小柄。筋肉などはなく,どちらかと言うとそれこそ弁護士事務所の事務員をやっていそうなタイプだ。腕にあの黒いモコモコを巻いて。丸い眼鏡にちょび髭が似合いそうだった。

被告は裁判長の正面に立って(証言するときはみんなそのポジションなので当たり前だけど)何かを喋っていた。僕は席について,とりあえずまわりの状況を見た。

まず弁護士の卵のような人々。法学部生だろう。ひと目で分かる安物のリクルートスーツを着ている。次にチノパンを履いた裁判ウォッチャー達。もちろん,俺達もこれに含まれる。そして,ここで始めて,マスコミのような人と,ルポライターのような人を見かけた。ほとんど満席だった。でかい法廷だったので傍聴席も百人近く座れそうだった。

法廷内は左側に弁護士がいた。右手に検察。だけど,どちらも私はあまり覚えていない。覚えているのは裁判長が女性だったということだ。そして被告。僕はなんとなくストーカーと言うと,痩せて神経質そうで思い込みの激しい若者をイメージしていたので,事務員のようなおっさんが相手の迷惑かえりみず付きまとうというのが想像できなかった。

証言台に立っていた被告が席に戻る。弁護側に女性の姿は見えない。弁護士側が,原告は被告と会うことを嫌がっているということを裁判長に告げた。裁判長は了承したようだった。ストーカーにさんざん付きまとわれて,法廷でまた目の前に姿を現すのは嫌だろうなあと思ったので,これは俺にも納得できた。

裁判長が被告に質問する番になった。再びおっさんが証言台に立った。

裁判長がこれまでのあらましを語ってくれた。同じ会社の部下であった女性と食事をしてから,女性の自宅近くの駅で待ち伏せするということを繰り返し,やがて裁判所からそれをやめるようにという命令が出た。しかし彼は駅で待ち伏せするという行為をやめなかった。話し掛けるとか家までつけ狙うということはせず,ただ駅で待ち伏せするというだけの行為だった。ただそれだけを毎日繰り返した。裁判所では注意・警告・命令・命令みたいな感じで四回ほど彼に警告を繰り返している。これは一般的な法的手続きらしい。本当かどうかは自信がないので,ストーカー規制法を調べて実際の規定を調べて欲しい。しかし,最終的に規制法違反で逮捕されるまで駅での待ち伏せをやめなかった。その間,女性は会社を辞め,ストレスから体調を壊した。今でも通常の社会生活を送れないほど精神的傷害を負っている。裁判長は厳しい口調で言った。あなたはすべての命令や警告を無視しました。裁判所の命令を軽視したのはなぜですか?

被告が何かを喋った。しかし俺はそれを覚えていない。質問に答えたわけではないのは確かだ。そういう首尾一貫した論理を口にしてはいなかった。意味不明すぎて,私も覚えることができなかったのだ。

傍聴席に座りながら,僕はある種の衝撃を受けていた。いずれは彼も回復するかもしれない。目の覚める瞬間,自分の行為を認識する瞬間というのがあるかもしれない。だけど,その日,証言台に立っているその男は,僕の目の前にいたわけだけど,いわゆる本物のストーカーだった。そもそも,裁判所から最初の注意が来た時点で俺だったら目が覚めるはずだ。自分の思い込みだけで行動する,そういう人間だった。犯罪者とそうでない人間の区別というのは難しいし,境界線というのは引きにくい。それまでに傍聴してきた事件は,酔っぱらって暴れたとか,友人から最初に麻薬をもらってからたまにやりたくなって何度か買ったとか,いつ自分がやってもおかしくない種類の事件だった。だけど,この事件は違うと思った。「思い込みが激しい」というのが,個性で済む範囲を越えている。男は言葉を選びながら色々喋っているけど,何を言っているのか全然分からない。

僕は目の前の本物の衝撃で,裁判の意図というのがよく分からなかった。まあ,被告の証言が意味不明なので,意図が分かりにくいのもしょうがないとは思ったけど……。裁判長は被告の再犯性を見極めようとしていた。裁判所命令を無視した人間が,執行猶予を与えられたことで自分の行動にブレーキがかけられるだろうか?

「○○年○月以降は原告と接触していませんね?」

「はい」

「今後も接触しないことができますか?」

「その日からは会ってません」

「これからも会いませんね?」

間があった。「はい。会いません」

私は傍聴席で,うさんくせーと思った。間の一つで何が分かると言われればそうだけど,みんなにもそういう間がどれだけ雄弁なものかは分かるだろう。その後の言葉も,口先だけのようにしか聞こえなかった。裁判長は次の裁判の予定を弁護士と検察に問い合わせ,日程を決めて閉廷した。この裁判の判決がどのように出たのかは私も知らない。

以上が私が最初に裁判を傍聴したときの思い出である。以下は別の日に傍聴した別の事件の話だ。記録のためにここに書いておく。

最初にピッキング防止法違反。

(2007年7月2日)ピッキング防止法が施行されて日も浅いときの裁判であった。被告人を、バリバリのプロの空き巣狙いだと思っていたんだけど、開廷してみると被告はまだ二十代と思われる若い男で、容疑も否認している状態であった。

警官が出てきて、逮捕の状況と容疑を説明した。被告がうろうろしていたので職務質問すると鞄の中からドライバーが出てきたので逮捕したとのことである。ドライバーはピッキング法に引っかかるのである。被告の言い分はこうだ。普段から捨てられたパソコンのパーツを拾い集める習慣で、その日も何か落ちていないかと物色していた。見せろと言われて持ち物を見せたらドライバーについて咎められ、ピッキング法違反で逮捕された。ドライバーは落ちているパソコンケースを開くためのものである。

お互いの主張はなんとも奇妙な展開を見せ、ピッキング法ではドライバーを持ち歩いていたらそれは犯罪になりますという主張と(被告がドライバーを持っていた理由については一切争わなかった)、「えーと、犯罪者と間違われないように気をつけます」という気の抜けた主張がぶつかった。

傍聴していてなんじゃそりゃと思った次第である。これを書いているのは二年も飛んで2007年で、今もなんだかわけの分からない持ち物検査があちこちでなされているようだが、施行当時から、その逮捕と起訴の理由はわけの分からないものだったということである。

これも判決がどうなったか分からない。無罪になったのか、有罪の上で執行猶予がついたのか(後者だったら控訴するよなあ)、なんとも興味深い裁判であった。プロの空き巣をみることになるかと思ったら、素人に難癖つける警官を見ることになったという感じである。


(2010年12月19日)次に何気なく入った殺人事件の傍聴が最後であった。

被告の名前はメモっているし、ググっても事件が出てこないので注目度としては低いものだったんだろう。だけどここではあえて名は伏す。晒すのが目的じゃないからね。ここまでも晒してないし。

入廷するとすでに関係者の証言が始まっているところであった。傍聴人の数もかなりのもので、報道関係と見られる人も何人かいた。フリーのジャーナリストっぽい人もいたし、関係者なのか追っかけなのか分からないが、普通の傍聴人よりのめりこんで見ている人も何人かいた。

ちょうど席が空いたので入れたといった具合であった。

被告人席にいたのは女性であった。年齢は二十代前半。黒い髪。やや丸い頬。白い肌。ちょっとすごいと思えるほど透き通る白い肌だった。別の言い方をするなら七難隠す白さだ。ずっとうつむいて唇を固く結んでいた。地味だけどいままで傍聴した裁判では被告人というのは一般人って感じだったんだけど、彼女は素材として美人の部類に入るものだった。

第一印象では雰囲気におかしなところはなった。

検察官が証言台にいる年配の女性に質問しているところだった。「結婚生活はどうだったんですか?」

「うまくいっていると思っていました。彼女も落ち着いていたし、このまま回復すると思いました」

これを書いているのは傍聴からかなりの時間が経過しているので、証言の一つ一つを正確に覚えているわけではない。あくまで雰囲気のようなものだ。

「予想はできなかったんですね」

「はい」

私は傍聴席からすすり泣きの嗚咽を聞いた。質疑応答が続いて、事情が分かってきた。

彼女は重度の鬱病――あるいはなんらかの精神疾患――を患っているらしかった。家族もそれを知っていて、病気が深刻になるたびに何かやらかしてきたらしい。それを承知で結婚した男性がいたらしいんだけど、彼女はその夫を殺してしまったようだった。

このままいけば病気は治るだろうと周りが感じた直後での犯行(事故?)だったようだ。

証人の質疑応答が終わり、被告の質疑応答に入った。

質問にほとんど犯行そのものの内容はなかったように思う。そのあたりは前回までで終わっているのだろう。今回は殺意についてだ。

だがしかし、本人でさえ、なぜ殺したかというのは説明できていなかった。聞いたところの印象で私が解釈するならば、その夫が優しくて親切だったから殺したという感じだ。

「私も今回こそはよくなると思いました」

さめざめと泣く被告の悲壮感はちょっと半端ではなく、飛び入りでほんど事情の分からない私でさえもらい泣きである。傍聴席は、中学校の深刻なホームルームのような感じで、感極まった女性から泣き始めていた。弁護士の助手みたいな人まで涙を浮かべていた。

被告の家族どころか、原告――殺された夫――の家族まで泣いている。

話を聞いた上での先入観ではないつもりだが、彼女の雰囲気は喋り始めるとちょっと普通とは違った。家事ができないような、考えすぎて何も手につかないような、病的に神経質な人に見られる雰囲気だ。程度の差こそあれ、人にはそういう部分があるし、ちょっと人より極端な人は身近にもいるだろう。そういう、落ち込むと何もできない人の雰囲気を極端にしたような感じである。

判決はまた後日ということで閉廷した。

きつい裁判であった。

以上である。